日本企業から外資系への転職

40歳を目前に控え、仕事はやりがいもあり会社生活も充実はしていたのですが、その1か月前にアメリカ出張に行ってから、心のどこかにこのままでいいのだろうかという思いが芽生え始めていたときに、ヘッドハンティング会社から電話が入りました。外資系企業からのお誘いでした。

ほとんど冷やかしで行った面接で、体全体からオーラの出ている人に出会ってしまって(Yさんとしておきます)、面接の最中に自分はこの人といっしょに働きたいと思ってしまいました。
でも、私にはどうしても言わなければいけないことがあって言いました。「私、英語できませんよ。」

そうしたら、Yさんがこう言いました。「死ぬほど勉強してください。あなたの技術で私たちの会社を良くしたいんです。」

たぶん、このときのYさんの対応に、ほんの一瞬でも迷いがあったら私は決断しなかったと、今でもときどき思い出します。
でも、このときから、私の英語との格闘が始まったのです。

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期待と不安で迎えた初日、横浜市内にあるオフィスは予想に反してほとんどが日本人で、数人の外国人がいるものの会話はほぼ日本語でした。
なんとなく安堵の気分でいたところ、Yさんから、今晩深夜12時から本社(米国カリフォルニア)と欧州部門との電話会議があるから出てほしいとのこと。
緊張して出た電話会議の冒頭で、何とかはじめましての挨拶をしたものの、残りの2時間の会議は、ほぼまったく何を話しているかがわかりませんでした。会議が終わったのは夜中の2時。大丈夫かなあと、かなりやばい状況。

眠気を覚まして、なんとか気持ちを再度奮い立たせて迎えた2日目。朝からYさんの部屋に呼ばれて行ってみると、別のフロアから来た2人のアメリカ人営業マンとYさんがいて、英語で打ち合わせがスタート。翌日のお客さんとの会議に同行してほしいということと、その夜に本社からくる別のアメリカ人スタッフと、その日の夕食を付き合って事前に情報を入れてほしいとのこと。
それ以降、行動を共にすることになったアメリカ人営業とは、なんとなくウマがあったので、その日の夕食も次の日のお客さんとの会議もなんとか切り抜けましたが、冷や汗状態でした。
一体、私が絞り出した「私、英語できませんよ。」は何だったのか、というのが外資系でのスタートでありました。

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